top of page

ARTISTS

リビング・ミュージックのアーティストたち

ポール・ウィンター

1939年ペンシルバニア州アルトゥーナ生まれ。大学時代から自らのジャズグループを率いて活躍し、11962年に米国国務省の文化使節として世界23カ国を巡ったのち、ホワイトハウスで演奏した初めてのジャズグループとなる。1960年代の半ばにはボサノバ黎明期のブラジルに拠点を移し、カルロス・リラなどとレコ―ディングを行ってこの新たなジャンルの音楽の誕生に重要な役割を果たした。この時期にブラジルを始めとする民族音楽の影響を受け、それを演奏するための音楽集団である新たなグループ「ポール・ウィンター・コンソート」をアメリカに戻って結成する。このグループが発表したアルバム「ロード」は後にアポロ15号によって月へ運ばれ、2つのクレーターが同アルバム内の曲にちなんで命名されている。

1977年にはクジラ、ワシ、オオカミなど自然界の音と共演するアルバム「コモン・グラウンド」を発表、音楽界に衝撃を与えた。同時に音楽を通じて自然環境や野生動物の大切さを訴える活動にも力を入れるようになり、その貢献により数多くの賞を受賞している。自然の音響や動物たちの声、世界各地の民族音楽を積極的に取り入れた斬新な制作活動をその後も続け、音楽の普遍性に重点を置いた「ユニバーサル・ミュージック」を提唱している。グラミー賞7回受賞。

 

ヘナート・ブラス

1968年10月13日サンパウロに生まれる。チン・マイアに憧れドラムを習得、やがてギターを手にし歌い始め、ルイス・メロヂアやネイ・マトグロッソ、エドゥアルド・グヂンのショウの前座を務める。1996年『ヘナート・ブラス』でCDデビュー、優れた新人に送られるシャープ賞を獲得した。1998年、2作目の『ヒストリア・アンチガ』では憧れだったドリ・カイミを迎え共演を果たす。2001年に3作目の『オウトロ・キロンボ』を発表するとヴィザ賞を受賞。その副賞で4作目の『キショッチ』を制作した。2004年米国人サックス奏者ポール・ウインターと初共演、全米ツアーに同行した。2005年、ヴィニシウス・ヂ・モラエスのドキュメント映画『ヴィニシウス』に参加、タイトルバックで「シ・トドゥス・フォッセン・イグアイス・ア・ヴォセ」を歌った。2006年、5作目の『ポル・トダ・ミーニャ・ヴィダ』ではガーファンケル兄弟の楽曲に挑戦。同年にはデビュー10周年を記念したベスト盤『エヂサォン・エスペシアル』もリリースしている。2008年、ポール・ウインター・グループの一員として初来日。2012年にはミナス音楽の影響を受けた「カサ・ジ・モラー」、2014年にはジョアン・ジルベルトへのトリビュート「シレンシオ」を発表している。<More>

ユージン・フリーゼン(チェロ)

カリフォルニア州フレズノ出身。学生時代にポール・ウィンターのワークショップに参加してその才能を見いだされ、エール大学卒業後にポール・ウインター・コンソートのメンバーとなる。即興を取り入れた自由奔放な演奏スタイルに定評があり、バークレー音楽院で教鞭を執るかたわら、「チェロ・マン」として全米の子供たちにチェロの楽しさを教えるツアーも行っている。リビング・ミュージック・レーベルから[ニュー・フレンド]、[アームス・アラウンド・ユー]という2枚のソロアルバムを発表したのち、自らのレーベルから「イン・ザーシェード・オブ・エンジェルス」、日本でレコーディングした「ソノ・ミホ」を発表している。

ソロでの活動に加えてハワード・レヴィー(ピアノ、ハーモニカ)、グレン・ヴェレス(パーカッション)とトリオ・グローボというグループで演奏し、バークレー音楽院の学生を中心に編成されたバークレー・ワールド・ストリングスというオーケストラを主宰して世界各地で演奏活動を行っている。

http://www.celloman.com/

グレン・ベレス(パーカッション)

テキサス州出身。スティーブ・ライヒとのレコーディングやツアーを経て1983年よりポール・ウインター・コンソートに参加する。驚異的なフレーム・ドラムの持ち主で、2001年にはドラム・マガジンのベスト・パーカショニストに選ばれている。発表したソロ・アルバムは10作を超え、リチャード・ストルツマン、パット・メセニーを含む多くの音楽家の作品に参加している。

http://www.glenvelez.com/

ポール・サリバン(ピアノ)

マサチューセッツ州ボストン出身。エール大学卒業後にニューヨークへ移り、ブロードウェー・ミュージカルに作品を提供する一方、母校に電子音楽課を創設して教鞭を執る。1988年にメイン州に移ってからは自然の美しさをテーマにした作品を数多く発表したのち、リバー・ミュージック・オーケストラという10人のシンセサイザー奏者からなるグループを結成して活動している。

http://www.rivermusic.com/

オスカー・カストロ・ネヴェス(ギター)

ブラジルのリオデジャネイロ出身。1960年代のボサノバ黎明期の立役者の一人。セルジオ・メンデスのメンバーとして世界をツアーし、1962年にポール・ウインターと出会ってアルバム「サムシング・イン・ザ・ウィンド」のレコーディングに参加する。その後ポール・ウインター・コンソートのメンバーとして数多くのツアーやレコーディングに参加し、ソロアルバム「オスカー」を発表する。その後も数々のアルバムに参加し、ポール・ウインターとの共作「ブラジリアン・デイス」では中心的な役割を果たしている。2013年に他界。

ピート・シーガー(ボーカル、バンジョー)

1930年代に音楽活動を開始し、労働運動への参加、そして「ウィー・シャル・オーバーカム」、「天使のハンマー」、「花はどこへ行った」などの作品で知られるアメリカの伝説的なフォークシンガー。5弦バンジョー奏者としても有名。ポール・ウインターのプロデュースにより発表したアルバム「ピート」は1996年のグラミー賞を受賞している。2014年に他界。

ディミトリ・ポクロフスキー・アンサンブル

ポール・ウィンター・コンソートとポクロフスキー・アンサンブルとの出会いは、1986年にモスクワ大学で両グループが共演した時に遡る。両者はたちまち意気投合し、それがロシア人とアメリカ人が初めて共同制作したオリジナル作品である「アースビート」という画期的なアルバムとして実を結んだ。2,000曲を超えるそのレパートリーには、中世ロシアの農村の音楽、新旧の宗教音楽、現代ロシアの作曲家の作品などが含まれている。

http://www.pokrovsky-ensemble.ru/

ポール・ハーレー(ピアノ、パイプオルガン)

イギリスに生まれ、ケンブリッジ大学で音楽を学ぶ。1977年にニューヨークの聖ヨハネ大聖堂の音楽監督に就任し、1980年にポール・ウインターと出会ってポール・ウインター・コンソートのメンバーとなる。コンソートとの19年に及ぶ活動の中で中心メンバーとして重要な役割を果たし、「ピアノソング」および「エンジェル・オン・ア・ストーン・ウォール」という2つのリーダー・アルバムを発表している。
http://www.pelagosmusic.com/

bottom of page